どっしりと、手のひらにのっかるライ麦パンの重み。
ひまわりの種が生地にたくさん練りこまれた黒々としたパンは、白い食パンが主流の日本では珍しく、 これはどうやって食べるのが美味しいかしら?と母とパソコンを覗きこみました。
「薄くスライスしてバターを塗る」 という指示のもと、柔らかくしたバターをちょっと贅沢にたっぷりと塗り、わくわくしながら一口を運びました。
ライ麦パンは、発酵した酸味が独特で、そのままだとちょっと慣れない味なのですが、バターの甘味とコクがパンの酸味とうまく絡み合い、なんだか美味しいけど、なんだろうこの味は?
と思いながら、 もう一口、二口・・・ パンもバターもあっという間に私たちの口の中へと消え去る頃には、私と母はすっかりドイツパンに心を奪われてしまいました。
そんなドイツパンがたくさん並ぶお店「Bakery&cafe ANTON」が、今年清内路にオープンしました。
お店に立つのは、2年間のドイツでのパン修行を終えた清内路出身の桜井こずえさんです。
(真ん中:桜井こずえさん)
建物は、こずえさんがドイツで修行している間に、宮大工のお父さんがこつこつと完成させました。
アントンは、親子の絆と、清内路への愛からできたお店です。
虹の中に入っていくような遊び心のあるドアと、木とレンガでできたお店は、どこかの絵本に舞い降りたかのようなわくわく感で心がいっぱいになります。
カフェスペースでは、小中学校の先生を勤め上げた方が、サイフォン式のコーヒーを淹れてくれます。
コポコポという水が蒸留する音に耳を傾けながら、立ち込めるライ麦の香り。
窓際には観葉植物が並び、清内路村の静かな時間が、空を舞うトンビの声に沿うようにゆっくりと流れていきます。
こずえさんは、私と年が近いこともあって、とても気さくにお話しを聞かせてくれました。
(ドイツでの見習い中、仲間と町へ。)
「とにかくこねることが好きだったんです。だから、高校生になるころには、蕎麦屋かパン屋をやりたいって夢を抱いたら、お母さんに蕎麦屋は大反対されて、それでパン屋になりました。」
ユーモアたっぷりの成り行きで、高校卒業後は製パン学校へ進学し、その後はパン屋へ勤めます。
そんな中での転機は、ドイツに住む友達が見つけてくれた、住み込みのパン屋での見習い募集でした。
いずれ、清内路に帰って自分のお店を持つことを決めていたこずえさんにとって、パンの文化が豊かなドイツでの修行で、経験を積むとてもいい機会。
海を越えた知らない土地で、住み込みで働く見習いパン屋。
あれ、ジブリでこんな作品あったような・・・?
そして目に入ったのは、お店の隅のテーブルに置いてあった絵本、「空飛ぶアントン」
「Bakery&cafe ANTON」の名前の由来だそうです。
こずえさんが黒い服を着ているのも、もしかして・・・?
という私の勝手な空想はさておき、「Bakery&cafe ANTON」にやってくるのは、常連のお客様、旅の途中にふらっと立ち寄ったお客様と、長いことお茶を飲んでいるといろんな物語が見えてきました。
ついつい話が逸れてしまう女子同士、笑いながらいろんなお話をしているとき、県外ナンバーの男の人が一人、お店に入っていました。
「ずっと来たいと思っていたのですが、なかなか来る機会がなくて。今日は、ようやく来ることができました。」 私と同い年くらいのその男の人は、噂を聞きつけて遠くからわざわざ来ているようでした。パンが並ぶ棚をじっくりと見ながら、 「あまりお金がなくて、でもどうしても食べたいので、一つだけください。」 と、100円のパンを一つだけ買って行きました。
やっとパンが買えてよかった、と満足そうに帰っていく男の人を見送りながら、なんだか不思議なお客さんだったね、と笑顔で話すこずえさんの雰囲気が、どんなお客様とも調和してしまうような、まるでドイツパンとバターのようななんとも言えない空間でした。
ドイツパンの店「Bakery&cafe ANTON」
長野県下伊那郡阿智村清内路1756-2
TEL 0265-48-6631
定休日 水・木曜日
営業時間AM9:00~PM5:00